大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ネ)3173号 判決

控訴人 上村茂雄

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 足立定夫

鈴木勝紀

川上耕

渡辺隆夫

渡辺昇三

大倉強

高橋勝

工藤和雄

栃倉光

鈴木俊

被控訴人 国

右代表者法務大臣 秦野章

右指定代理人 池田直樹

〈ほか五名〉

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人らに対し各金一三五〇万円及び内金一二五〇万円に対する昭和五一年八月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、その主張の請求原因につき、原判決三枚目表一行目「以下」の前に「右池は、昭和四一年六月ころ小出出張所の庁舎建築に際し、同出張所職員により環境整備の目的で庁舎南側敷地(庭部分)を掘削して作られたものである。」を加え、同五行目「被告は」から同六行目「管理している。」までを「本件池は、前記のとおり人工的に小出出張所構内の庭に設置されたもので民法七一七条にいう土地の工作物に該るものであることは明らかであるところ、被控訴人は、右出張所建物及び敷地を所有し、かつ、庁舎管理者たる出張所長を介して本件池を含めこれを占有し管理しているものである。」と改め、同一〇行目「構内は、」の次に「幼児を帯同して所用のため訪れる者のあることはもとより、周辺民家の」を、同一二行目「存していた」の次に「(ことに当時本件池において鯉が飼養されており、これが、右幼児らの強い関心をひくものであることは多言を要しない。)」を、同裏八行目「禁止する」の次に「或いは水量を極小量にするか、水を入れないでおくといった」を、同行「必要があった」の次に「(独立した公園や民家から離れた池或いは個人住宅内の池と異なり、前記の本件池の位置、状況等からすれば年令二、三才程度の幼児が保護者のないまま本件池に近づく可能性の大きいことは、容易に推測しうるところである。)」を、同四枚目表四行目「果しえた」の次に「(前記のごとき本件池の形態、位置及び状況からみて、池のみならず庁舎全体の設置ないし管理態勢と合わせ一体としてその安全性を考慮すべきものである。)」を、同六行目「構内に入り」の次に(「小出出張所の庁舎配置関係からすると右ゲート以外の出張所北側或いは南側など塀の設置されていない場所から人が構内に立ち入ることは可能であるが、健太郎のごとき幼児がこれをなすことはその状況からみて通常考えられず、国道に面した右ゲートが開いていたためここから入ったとみるのが自然である。)」を加え、同五枚目表一二行目「国家賠償法二条一項」を「民法七一七条一項」と改め、同一三行目「前記損害合計額」の次に「一八九八万八〇〇三円」を加え、同裏二行目「支払済まで年五分」を「支払済みまで民法所定年五分」と改め、再抗弁につき同一一枚目表二行目「中断」の次に「・権利の濫用」を、同五行目から六行目「提起した。」の次に「しかして、右八月一七日の催告は、労働大臣あてにこれをなしたものであるが、右催告は、控訴人が同月九日到達の書面により法務大臣あてに催告をなしたところ、これに対し法務省係官から、本件は法務省の所管ではなく、所管庁は労働省と考えられる旨の回答をえたことによりこれをなしたものであるから、右催告に時効中断の効力なしとして時効を援用するのは、時効援用権の濫用であり許されない。」を加えると述べ、甲第一九号証の一、二を提出し、被控訴代理人において、その請求原因に対する認否につき原判決五枚目裏八行目「認めるが、」を「認める。」と改め、同九行目「その余は否認する。」から同六枚目表一二行目「到底いえない。」まで、同裏三行目「国家賠償法二条」から同一一行目「本件についてみると、」までを削除すると述べ、甲第一九号証の一、二の成立を認めると述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一  控訴人ら主張の請求原因事実中、本件事故の発生(原判決二枚目裏七行目から三枚目表三行目まで)については、事故発生時刻の点を除き(《証拠省略》によれば、右時刻は午後六時四〇分ころと認められる。)当事者間に争いがなく、小出出張所の庁舎及び敷地(本件池を含む。)を被控訴人が占有管理していたことは、被控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、右の認定事実に《証拠省略》を総合すると、次のとおり認めることができる。

1  本件池は、別紙第一図のとおり小出出張所庁舎南側犬走りのほぼ中央部に接する敷地内で、庁舎玄関口から約一五メートル、敷地正面入口から約二〇メートル隔てた位置にあって、別紙第二図のとおり長径約三・九メートル、短径約三メートルの楕円形の周囲を玉石で囲い、底部及び辺部をセメントで固めた擂鉢形をなし、底の最深部で七〇センチメートルあり、その中心部に噴水塔がある。事故当時の水深は約四五センチメートル(漏水の関係もありこれが通常の状態である。)で池水中には錦鯉の雑稚魚が飼養されており、池の斜面には藻類や水垢が付着して池水も青味を帯びた状態であった。池の周辺を囲んで、犬走りに面する部分を除き、樹高約二メートルの灌木が植栽されていた。

2  本件池は、昭和四一年六月ころ小出出張所の庁舎建築に際し、職員達が自発的に新庁舎の風致に些少の景観を添えるべくして作ったもので、小出出張所長以下職員らがその手入及び維持保全に努めてきたが、その規模及び用途において、池とはいうものの、庭の泉水の域を出ないものであったので、もとより本件池の施設自体を危険視する余地はなく、あえて防護柵等で本件池を囲うといった不粋を冒すおそれなどもない底のものであった。

3  小出出張所の敷地は、国道一七号線に面する右正面入口部分を除き西側に三段ないし六段積みのブロック塀が設置されているが、北側は高さ一〇センチメートルのブロックを一段積んで隣地との境とし、東側は格別の工作物もなく田(約一メートル低くなっている。)に接し、南側道路との間は、土手により仕切られている。なお、右正面入口部分にはゲートが設置されているが、南側に引きこまれたままで開放状態にあるのが常であり、本件事故当時もそうであった。

4  控訴人らの居宅は、小出出張所の正面入口から南約三五メートル国道一七号線東側(出張所と同一側である。)に面したところにあるが、控訴人上村茂雄は、本件事故当時居宅先において健太郎が一人で表の国道の方へ走り去るのを見て、その際の健太郎の言動から同人が当時五年五月の姉陽子の行方を追って行くものと思っただけで、年歯僅か二年三月の健太郎がはたしてよくひとりで右陽子の行先のどこかで追い付き、右陽子が付き添ってやることができたかどうかを確認しないまま、健太郎のその後の行動を放任して顧みなかった。同控訴人の右放任から約三〇分経過した時点で本件事故が発生したが、健太郎が家(控訴人らの居宅)を出て本件池に転落するにいたるまでの足跡経路等の具体的状況を明らかにする証拠はさらにない。

5  小出出張所構内は、一般に開放されてはいなかったが、宿直員等が配置されていなかったことから、業務終了後の午後五時以降や日曜、休日などには近隣の子供達(小学校低学年児が中心)が玄関前の舗装部分付近で球技や縄とびをして遊んだり、ときには親が保育園児位の幼児をつれて遊ばせていたことも散見されたが(本件池付近が遊び場となっていたことはない。)、これに対し、職員がことさら注意することはしなかった。ちなみに控訴人らもときおり健太郎を連れて同構内を散歩したり、その際池を見せたりしたことがある。

6  本件事故にいたるまで本件池における転落事故などが発生したことはなく、附近住民から本件池について危険の指摘や安全設備の要求が出されたこともない。

二  以上の認定事実によれば、本件池は、民法七一七条にいう土地の工作物に該るものというべきであるが、しかし、その形態、構造及び水深の程度からみて、幼児で、付添人等の介添えを伴うことなく、ひとりで戸外を自由に遊び歩けるほどに長じたものであれば、本件池に転落する危険は乏しく、仮令転落したとしても、ただちに噴水塔につかまったりして容易に立ち上ることができ、しかもたやすく池の縁石につかまってはいあがることができ、そのために溺死に至る虞れはないものというべきである。そして、小出出張所構内は、もとより子供の遊び場として一般に公開されていたものではなく、前認定のように時に幼児を含む近隣の子供達が構内で遊んでいたとはいえ、それは玄関前付近であって灌木に囲繞されている本件池及びその周辺ではなかったこと、健太郎のように年歯僅か二年三月の幼児の場合においては、当然保護者、付添人等の介添えのもとにあると期待するのが普通であることに加え、本件池について従来から何人からも危険の指摘や安全設備の要求がなかったことなどを併せ考えると、被控訴人において健太郎程度の幼児が保護者等の介添えを離れてひとり本件池に近づいて転落するなどといった不慮の事故を予見して、その危険防止のために本件池につき何らかの措置を講ずべき法的義務があるとはいえないと解するのが相当である。したがって、本件池に転落防止設備をあらかじめ設けるとか、ゲートを閉めるなど控訴人ら主張の措置をとらなかったことをもって、本件池について通常備えるべき安全性を欠き、その設置及び保存ないし管理上の瑕疵があったとすることはできないといわなければならない。

三  以上の次第で、控訴人らの損害賠償の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却すべきである。

よって、控訴人らの請求を排斥した原判決は結論において正当であって本件各控訴はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 上野精 菅英昇)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例